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はくち
白痴
「新潮 第四十三巻第六号」1946(昭和21)年6月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,985 字 · 45 页
女の尻の肉はだんだん少くなるが、女は肉慾のことを考えているだけだった。
明方に近づくと冷えはじめて、伊沢は冬の外套もきていたし厚いジャケツもきているのだが、寒気が堪えがたかった。下の麦畑のふちの諸方には尚燃えつづけている一面の火の原があった。そこまで行って煖をとりたいと思ったが、女が目を覚すと困るので、伊沢は身動きができなかった。女の目を覚すのがなぜか堪えられぬ思いがしていた。
女の眠りこけているうちに女を置いて立去りたいとも思ったが、それすらも面倒くさくなっていた。人が物を捨てるには、たとえば紙屑を捨てるにも、捨てるだけの張合いと潔癖ぐらいはあるだろう。この女を捨てる張合いも潔癖も失われているだけだ。微塵の愛情もなかったし、未練もなかったが、捨てるだけの張合いもなかった。生きるための、明日の希望がないからだった。明日の日に、たとえば女の姿を捨ててみても、どこかの場所に何か希望があるのだろうか。何をたよりに生きるのだろう。どこに住む家があるのだか、眠る穴ぼこがあるのだか、それすらも分りはしなかった。米軍が上陸し、天地にあらゆる破壊が起り、その戦争の破壊の巨大な愛情が、すべてを裁いてくれるだろう。