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ひゃくしんのふ
百唇の譜
野村 胡堂
「文芸倶楽部」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,209 字 · 25 页
同時に真弓は土蔵の座敷牢から出され、当主良平が、恋人とも妹とも、他所の見る眼もいじらしいほど大事にしますが、何処かに釈然としないところがあるものか、身寄、友達、家来筋のものが何んと勧めても、二人は盃事をして、夫婦になろうとはしません。
「お嬢様、何時までそうして在らっしゃるお積りで御座います。お心の広い旦那様は何にも彼も許して、何時でもお嬢様をお迎えしようとして在らっしゃいますのに、何を思いつめて在らっしゃるので御在います」
母の無い後の母の役目まで引受けて、真弓を我子のようにして居る乳母は、時折こんな愚痴をくり返して聞かせますが、真弓は何時まで経っても、良平と一緒になろうとは言いません。
「乳母や、どうぞそれだけは、言わないでおくれ。よく私にも解って居るけれども、私の心持はどうにもならない」
「まだ、あの性悪の千代之助を思って在らっしゃるのでは御座いませんか」
「飛んでもない、私はあの男が憎くて憎くてならない」
「そんならば、旦那様と御一緒になっても、宜しいでは御座いませんか」
老女の頭脳は単純でした。右でなければ左、嫌いでなければ好き、物事はたったこの二た通りの姿しか映らないのです。