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もうもくものがたり

盲目物語

谷崎 潤一郎

「中央公論」1931(昭和6)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页

青空文庫

いまこそほんとうのかなしみにおん身をゆだねられ、ひとけのない奥の間で何をおもい出されましてかしのびねに泣いていらっしゃるのが、ふとお廊下を通りますときに耳についたりいたしまして、とかくお袖のしめりがちな日がおおいようでござりました。

そういう風にして一とゝせ二たとせはゆめのようにすぎましたなれども、そのあいだ、春は花見、あきはもみじがりのお催しなど、お気ばらしにおすゝめいたしましても、「わたしはやめます、おまえたちで行っておいで」と仰っしゃいまして、御じぶんは浮世のほかのくらしをなされ、たゞひめぎみたちをお相手になされますのがせめてものお心やりと見えまして、御きげんのよいおわらいごえのきかれますのはそんなときばかりでござりました。さいわい三人のお子たちはどなたもおたっしゃにおそだちなされ、おんみのたけも日ましにおのびになりまして、いちばんおちいさい小督どのなども最早やおひとりであんよをなされたり、かたことまぜりにものを仰っしゃったりなされましたので、それをごらんあそばすにつけても亡き夫が御ぞんしょうであられたならばと、またおんなげきのたねでござりました。