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すずりとすみ
硯と墨
中谷 宇吉郎
「座右宝」1946(昭和21)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,996 字 · 22 页
少なくもその移動範囲は極めて狭い。それで岩絵具は染料の絵具のような意味でぼけることはない。もちろん水を沢山使えば流れることはある。
墨の場合は、丁度その中間にあたるわけである。粉と分子との中間、即ち膠質であって、平均が直径一万分の一ミリ、小さいものになると直径十万分の一ミリ程度と考えられる極微粒子である。そういう極微粒子は、水が毛細管現象で乾いた部分へ浸み出る時に、一緒にかなりの程度まで紙の実質の中を通して動いて行くものと考えられる。それが墨のぼかしである。こういうふうに考えてみると、粒子が細かい方が良さそうである。もっともこの場合、墨の粒子と紙の繊維との附着力も問題になる。それが強ければ墨の粒子は紙に附着して止まり、水だけ外側へ浸み出る。それが乾くと、絵の輪郭をとりまいてしみが残ることになる。
粒子の細かい方が絵を描く場合によいということになると、それは墨の性質とともに、硯の問題にもなって来る。硯の良否は、墨のおりる量、持久性、粒子の大小などいろいろあるが、此処で注意すべきことは、書硯と画硯とのちがいである。書家にとっては、濃い墨汁が多量に要るが、画家の場合には、そう沢山の量は要らないことが多く、それよりも淡墨にした場合に墨色が美しいことが望ましい。