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しゃかいじひょう

社会時評

戸坂 潤

「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页

青空文庫

話は別であるが、司法省の皆川次官が「大孝塾」という「忠孝」の研究所を作った経緯は面白い。ある共産党の被告の一人が取調の係官に忠孝の道の尊いことを説かれて、「お話はよく判りました、併し何故忠孝の道が尊いか、その根拠を教えて下さい、なる程と得心が行けば今日ただ今からでも忠孝のために生死致します、と詰められて答えるところを知らなかった」ので、そこで忠孝研究所が出来たのだそうである。研究主任格の某君と某君との今後の努力に俟たなければならないけれども、併し両君もただ研究しているだけで、之を実践躬行するのでなければ、銅像などは立てて呉れないものと覚悟しなければならないだろう。一体この頃は銅像が仲々流行って、犬養木堂翁のも出来上ったし、鈴木喜三郎氏の銅像も除幕式が行われた。それからチャップリンの「街の灯」も銅像の除幕式から始まっている。尤もこの映画の除幕式では、貴顕紳士淑女の演説が、甚だ不敬にも、ピーピーパーパーという発音をするのであるが。

二、体育派とスポーツ派

問題は四月九日から上海で開かれた日支比三国の第十回極東選手権大会円卓会議に始まる。その前に予めマニラへ派遣されていた山本忠興博士等は、フィリッピン体育協会代表から、日本が上海円卓会議で満州国代表選手を出場せしめる動議を提出する際、之に協力するという言質