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かぐらざか

神楽坂

矢田 津世子

「人民文庫」1936(昭和11)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,611 字 · 40 页

青空文庫

内儀さんの思案はこれにかかっている。そうとも知らない種は内儀さんの口を信じこんでいる。その内、旦那から更めてこの話が切り出されるだろう。種は待つ気もちでいる。養女になれば、やがてこの家のものを受け継ぐことになる。――こんな思惑が日毎に募ってくるにつれて、種はこの家の娘になった気もちになってくる。そして、馬淵の家のお宝へ執着する心からだんだん爺さんに倣って嗇くなり、内職の稼ぎ高を一銭でも余計にあげようとはげんだ。

内儀さんからお初の話を滅多に聞くことのない種は、何かの急用で袋町へ爺さんを呼びにやらされる時はへんにお初へこだわって、内儀さんへ気兼ねをすることがある。使いから戻っても内儀さんは何んにもきかない。いつもの穏やかな顔でやすんでいることもあれば、床へ坐って針を動かしていることもある。ただ、そんな時の内儀さんは妙に気力のぬけた鈍った表情をしていて、種が何か話しかけても億劫そうに頷く位である。

種の前でもお初へは触れることのすくない内儀さんは、爺さんの前では余計に口を噤もうとするところがみえる。時たま、爺さんが何かのはずみでお初の名を口に出すことがあっても内儀さんは素直な顔で頷いているだけだ。