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わたしがちょうさくりんをころした

私が張作霖を殺した

河本 大作

「文藝春秋」文藝春秋、1954(昭和29)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,564 字 · 18 页

青空文庫

年々に増大する我が国の人口問題は如何、食糧に対する政策は? これらから生ずる経済政策の根本的立て直しを必要とする時代ではないか。その当然の解決策として、大陸への確乎たる方策なくして何が出来よう。しかし自分の執った武力的方法は? はたして世の非難攻撃を甘受すべきであろうか、猛省すべきならば敢然と省みよう。

私は自らを責め、自ら省み、深く時代を虚心、これをしっかりと把握するために、努力、研鑽した。京都帝大の権威といわれる多くの学者達の門も叩いた。また連日にわたって京都帝大図書館に通ってあらゆる政治経済の群書を広く渉猟したのであった。

その結果は、日本の将来に直面しているものは、満蒙問題解決に外ならないことは、不動の事実であることに間違いのないことを確かめた。新しい構想の下に、あくまでも満洲問題を解決すべきであるという強固な決意を深めるばかりであった。

伏見の謫居は一年間であった。その一年が過ぎると、一応、停職を解かれ第十六師団司令部附となり現役に復したが、その翌日附をもって予備役に編入された。したがって謹慎の生活も済んだので、居を東京に移すこととした。