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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

特に高氏には、弟の直義にもない雑ッかけなさと、大容な風がある。

が、ここは旅舎、そろそろ枕につこうかと言い出していた時である。下屋の郎党から、一色右馬介が訪ねて来たと、高氏に告げてきた。すでに彼は別間へ入りかけていたが、

「なに。介が訪うて来たと」

と、われから坪(中庭)の渡りの辺まで弾むように出て行った。

「やあ。無事でおったか、右馬介」

「おっ、これは若殿」

彼は、高氏を見るや、二年余の感慨に、どっと胸を占められた。不覚と思いながらも、ただ、涙のみ先立って、廊の下段に、へたっと両手をついてしまった。

高氏は、その手を拯い取って、

「さあ、入れ。そんな所で辞儀はいらぬ」

引きずり込むような、なつかしみだった。そしてふと、彼の濡れ鼠な姿に気づいて。

「や。いかがいたしたのだ、この身なりは」

「何、さしたる程ではございませぬ。渡舟の上で、ちとばかりしぶきを浴びたとみえまする」

「では、多摩の濁流を渡って来たな。やれ、それでは腹も減っていよう。まず湯殿で衣服を着がえ、腹拵えもしたがよい。その上にて奥へまいれ」

左右の者もいうので、彼はすすめに従った。そして、あらたまった人心地で奥へ伺い直した。