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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

登子が、和殿のお噂をよう知るわけも、それでほぼ御合点が出来ましょう」

「では、覚一小法師の身は、いま御当家のお世話に」

「いや、一日も早う、母の尼に会いたいと、それのみ申す可憐しさに、じつは男二人を付けて、きのう足利ノ庄へ旅立たせたばかりで……」

登子を入れて、しばらくは、覚一小法師の身の上ばなしに、守時も高氏も、つい時たつのを忘れていた。

「では、あの子の母者は、草心尼というのですか」

高氏の話に、登子は、その感じやすい年ごろの睫毛を、すぐ、いッぱいな露にして聞き入った。

それが、つよく彼を惹いた。

自分のはなしに、この姫が感動したというだけで、高氏は甘美な心地と、満足に浸った。

「お。――鳥合ヶ原の遠太鼓がしきりに鳴る。高氏どの、そろそろ行こうか」

やっと、守時は腰を上げて、

「登子、行って来るぞ」

廊へ出た。

彼女は、廊の口までは見送ったが、その先へは来なかった。高氏が振向くと、まだ渡殿の角にたたずんでいた。

守時の従者はさすが大勢である。彼は高氏と駒を並べて、なにかと、途々も話しかけた。だが高氏は、ぽつんと答えてはすぐ黙った。――高氏は、往来へ出てからやっと、登子の容姿や面ざしを、くっきり心に再現して観ることが出来かけていた。