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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

特に、峠などの山坂にかかれば、そのたびに、

「お乗り換えを」

と、うながされ、資朝と俊基は、輿の上から、裸馬の背へ移された。

初め、武者どもは心ひそかに「――鎌倉殿を仆さんなどと、夢では、大それた野望をいだく公卿も、馬にはよう乗れまい」と見ていたが、俊基も資朝も、上手であった。いっこう乗馬も恐れない。

かえって、倦み疲れた輿から解放されたような容子で、その日も、馬の背の俊基は、峠の途中で、

「ここは、どこ」

と、訊ねたりした。

「宇津ノ山でおざる」

護送の兵は、むッそりいう。

俊基は、眉に迫る晩秋の富士を仰いで、

「はや、駿河路か」

と、咳いた。そしてとつぜん、伊勢物語の業平の歌を、朗々と吟じ出した。

駿河なる

宇津ノ山べの

うつつにも

夢にも

人に会はぬなりけり

すると、それに応じて、前を行く裸馬の背からも、日野資朝が同じように、晴々と、こう歌った。

明日やまた

きのふの声に驚かん

今日はうつつの

宇津ノ山越え

満目の散り紅葉は、若い公卿志士の悲調をそそッたものであろう。しかし、その二人が、虜囚の身も忘れて愉しげに見えるなどは、護送使には我慢がならない。

「ち。うるさいな」