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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

彼らの予感はあたっていた。一ときのまに異常な恐慌状態が洛内中に地鳴りをおこしていたのである。その震源地とみなされたのは、当然、高ノ師直のやかたがある一条今出川の一郭であり、衆目がそれと、そこへ寄ったときには、すでに驚くべき変貌が今出川には起っていた。

つい午前中までは、おとなしく閉門謹慎のままかに見えた師直の邸を中心に、附近の武者屋敷はみな、ものものしい戦時態勢にかためられ、辻々には兵が立って往来もまったく遮断されていた。そして忙しげに行く騎馬の影があれば、それはここと法成寺との間を連絡か何かに駈ける相互の早馬だけだった。

思うに、師直と師泰とのあいだには、とうからもう今日のための打合せが交わされていたにちがいあるまい。

師泰は、吉野攻めの後も、和泉の北畠親房や河内の南軍にそなえて、戦場にとどまり、春いらい一度も都に帰還していず、兄師直の失脚は、つまり自分の留守中でのことだったのだ。

おそらく彼は、この変を知ると同時に「――高家一族の浮沈」と赫怒して、すぐにも戦場を去ってここへ駈けつけようとしたのではなかったか。

けれど、それをとどめて、きょうまで、鳴りをひそめさせていたのは、師直がほかに期するところがあったからにほかならない。