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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

いかがでしょう、綾ノ小路の宅までこれからご一しょにおはこび下さいませぬか」

「でも……」と、卯木は良人の顔を見てためらった。

「女ではありますが、この身も楠木家の一人です。尊氏さまとは生前、倶に天を戴かぬ仇敵とまで世上にいわれていた正成どのの妹。そのようなところへ交じるのは、後に世間の聞えもいかがでしょうか。もし職屋敷の御迷惑にでもなってはいけませぬ」

「ああいや、それは御斟酌がすぎるというものです。たとえ新将軍家のお耳に入ろうと何のおそれがございましょう。私たちはひとえに芸の道を以て諸民に仕え、諸民と苦楽を共にしているだけのもの、弓矢の徒ではなし、南朝北朝の争いなども知るところではありません。その点、尊氏さまにはよく理解がございました。お案じにはおよびませぬ」

綾ノ小路の職屋敷では、その晩、使用人やふつうの会衆には酒飯の追善振舞があって、それも終りをつげていたが、やがて子ノ刻(深夜十二時)ごろとなると、四職以上の盲人に客の四人、座役の数名の人だけが口を嗽いで、道場にあつまっていた。

日ごろは琵琶の祖神蝉丸像の幅が見える板かべの床には、それが外されて、稚拙な地蔵菩薩像の幅がかけられ、下には一基の位牌がおかれていた。