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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

――「等持院殿仁山大居士」のそれで、懸物もまた故人が戦陣のひまにはよく画いていたといわれる尊氏自筆の地蔵絵であった。

ところでこの夜の琵琶法要は、おもてむき故人の遺徳に報う行事として、以後は年々行われたが、初めのほどは、まだ足利幕府の力もよわく、三代将軍の義満の治にいたるまでは、なお南北両朝の争いも絶えぬありさまだったので、しぜん尊氏にたいする功罪論の是々非々だの、その人物を疑惑視する世評もつよく、それが当道の盲人にはとかく胸のわだかまりになっていたので、盲人たちは、ここの結界をたのんで、その夜は明石の検校を中心にかなり突ッ込んだ質疑や応答があったものであるらしい。

というのは、当道の一門人がそれを口授して記録しておいたものがのちに、

桐蔭軒無言録

という小冊子となって世に残されたからである。「桐蔭軒」とは琵琶道場のわきに大きな桐の木があったのでその名があり「無言」は「無絃」の意をもじったのではあるまいか。

しかし何もかもが一朝に瓦礫となるような戦も珍しくない世に、それの正本などがただしく伝えられるはずもない。おそらくは伝写に伝写をかさねて世を経たものだろうから、どこまでがほんとか、記載のことも巷説の程度以上とは信じかねる。