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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

――機をつかんで、みちのくの兵二万は、一せいに後を向いた。

この戦いで、敵の土岐頼遠は負傷し、桃井直常は、さんざんになって、洲俣川を逃げ渡った。奏功は、充分だったのである。――よしっ! と見るや顕家たちは、方向を南へ変えて、一気に、北伊勢へ、転進をつづけた。――そして伊勢や伊賀の山中でも、行く先々では、足利方のさまたげに出会ったが、行くところ、それに剋った。

こうして、やっと、

「オオ、奈良が見える」

と、全軍の士は、伊賀路を南下がりに来つつ、諸声あげて、よろこびに踊りあった。

この日、辰市の辺で、足利勢との小ゼリ合いがあっただけで、顕家以下の長途の兵は、ここに奈良を占拠した。

当然、吉野朝廷のよろこびは大きく、顕家の不撓不屈な来援は、

「よくぞ、よくぞ」

と、高く歓呼されていた。

奈良とは目と鼻のさきの吉野である。けれど顕家は、ついに、吉野へは参内せず、みかどへお目にかかろうともしなかった。また、つい伊勢に居ると聞いている、父の北畠親房とも、もちろん、会ってはいなかった。

「ここで息は抜けぬ」

と、彼はすぐ次にそなえて、

「京都回復の大命を成しとげ、そして真の勝利をみるまでは」