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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

秋霧の御記

しかし吉野のうけた衝撃は小さくなかった。朝廷では、彼の上奏文を読んだ直後にこの悲報をうけたのである。一字一句にこめられた顕家の祈りの文字は、いちばいひしと、朝臣たちの骨身に沁みたにちがいない。

また、これを境に、時局は重大な転機を来して、北畠顕信の拠っていた男山も七月に入って陥落し、摂津河内の拠点は、あらまし、足利方の占める所となってしまった。

そのうえにも、さらに吉野朝廷をおどろかせたのは、北方からの一報だった。――それは越前にある新田軍の破滅を意味するものですらあった。

そのごの新田党は、四面の地方土軍や足利勢との駈引に忙殺されて、なすところもない態だったが、吉野の召命の頻りなのに焦心りをおぼえた結果だろうか。ここへ来ての義貞の戦いは、焦心ればあせるほど頽勢に傾いていたところ、七月二日、藤島の燈明寺畷とよぶところの泥田の道で、義貞は流れ矢にあたり、年三十八で、あえなくもついに戦死したとの情報なのであった。

秋霧の御記

吉野の群臣は、絶望にうちひしがれた。それもこんどは、決定的な絶望というしかない。

期待していた北畠顕家は亡く、いままた北の空で、新田義貞もついに戦死したという。