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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

13 黒白帖

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,638 字 · 233 页

青空文庫

「…………」

みかどは、またしても忘れがたい顕家と、正行とがお胸に見くらべられていた。やがて賜酒が終ると、正行はすぐ退がった。しかしその後ろ姿もどこか弱々と見えて、みかどは密かに、顕家には似ぬ者と、傷々しく思われた。

御所を出た正行は、すぐ先帝の御陵へ向い、やがて吉野を去りかけていた。

すると、一名の青侍が来て告げた。

「おそれいるが、帯刀殿御一名だけ、もいちど御所の別院までお立返りくだされまいか」

たったいま、からだがあいたから会おうという北畠親房の旨だとある。

ここにはいても全国南朝方への令はみなその人から出ている総帥の禅門だ。正行は供の同勢をそとにおいて、実城院の一門を入った。

方丈の庭であろう。縁の低い草堂風な一房に親房は坐っていた。朽葉色の法衣の上にもし腹巻をあてていなかったらそのまま庵主として見てもふさわしい人だった。当年五十五、六か。痩身の優しい目つきともとれるのに、正行はいつもこのひとに会うとかたくなった。亡き父にはまだどこかあまえられるところもあったが、親房にはみじんもそんなゆとりは持てなかった。

「帯刀」

「はっ」

「このところ転戦また転戦、物具を解くひまもなかろう。