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しんのしゅっぱつ
秦の出発
豊島 与志雄
「文芸」1945(昭和20)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,532 字 · 29 页
と言って、僕は霊界の存在を信ずるのではない。それは信じないが、然し、右の理論だけは確信している。そしてこれがまた東洋の信念なのだ。」
こうなってくると、彼は信念の上に現実を構築して、言葉は広汎な天空を翔けめぐる。丹永のことなどは忘れられてしまった。が然し、神秘の論を私と暫く闘わした後に、彼はふと丹永のことを思い出したのである。
「ちょっと、見舞に寄ってくれ。あれは喜ぶよ。饅頭を御馳走しよう。」
丹永と饅頭との間に、私は眼をしばたたいた。然し実際のところ、丹永は軽い脳貧血で寝ている筈だったし、また楊さん手製の饅頭は彼女の自慢でもあった。
大西路の秦の住居は、アルカヂアからさほど遠くない。三輪車で行けば間もなくだ。
客間は至って簡素なもので、目を惹く華美なものを殊更に避け、重厚な器具類のみが恐らくは必要以上に備えてある。楊さんは煙草に火をつけてくれ、茶を運んでくれたが、やがて渋い色の三つの器に莫大な量を盛りあげた饅頭が出てきた。
「こんなに沢山、誰が食うのかね。」と私は言った。
「これがいつもの癖なんだ。」と秦は笑った。
楊州名物の饅頭で、豚肉と蟹と※(「飮のへん+稻のつくり」