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こくしんとしてのうしにかんするみんぞく

穀神としての牛に関する民俗

中山 太郎

「神社協会雑誌 第三六巻一号」1937(昭和12)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,858 字 · 12 页

青空文庫

大寒の日、夜半に陰陽師土牛童子の像を門口に立つ。陽明待賢門は青色の土牛をたつ。美福朱雀門には赤色なり。談天藻璧門は白色なり。安嘉偉鑒門には黒色なり。郁芳皇嘉殷富達智の四門には、黄色を立つるなり(中略)。四方の門にまた黄色の土牛を立て加ふるは、中央土の色なり。木火金水に土は離れぬことわりあり。慶雲二年天下疫癘盛にして、百姓多くうせたりしかば、土牛を造り追儺といふ事始りき。異国の書には、農事のために時を示さんとて、土牛を立つる由見えたり。

なおこの外に万物物語に土牛の色彩の由来、漢事始に丑と牛との関係を説いているが、要するに陰陽道の理由に過ぎぬので今は省略した。さて、この土牛の行事が礼記月令の季冬命二有司一、出二土牛一、以示二農耕之早晩一、思想に負うている事は明白である。ただ問題となるのは文武朝の慶雲二年に始めて追儺を行うとき、一見これには交渉なきものと考える土牛を立てた事である。反言すれば、季冬の頃に農事の早晩を示すに用いる土牛を、何故に農事に関係なき追儺に用いたかと云う点である。しかるにこれについて鄭玄の礼記註疏に、この月は墳墓に四司の気があり、鬼となり強陰に随い出て人を害するので、土牛を作って牽止させるのであると論じている。