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こくしんとしてのうしにかんするみんぞく

穀神としての牛に関する民俗

中山 太郎

「神社協会雑誌 第三六巻一号」1937(昭和12)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,858 字 · 12 页

青空文庫

牛を穀神とするは世界共通の信仰

牛を穀神とするは世界共通の信仰

牛を穀神として崇拝したのは、殆んど世界共通の信仰であるが、殊に印度、支那、我国において、その濃厚なるを認める。そして、我国の牛の初見は、日本書紀の一書に、天照大神が月夜見尊に勅して、葦原中国に保食神を訪ねさせし際に、保食神の無礼に接して、

月夜見尊忿然(中略)。廼ち剣を抜いて保食神を撃殺したまひき(中略)。是の後に天照大神復た天熊大人を遣して往いて看せたまふ。是の時に保食神実に已に死れり、唯し其の神の頂に牛馬化為れり云々(岩波文庫本)。

と記せるがそれである。そして、この神話からおよそ三つの民俗学的問題を抽出することが出来る。第一は穀神である保食神は、何故に殺されたのか。第二は保食神は、何故に女性に坐しませしか。第三は保食神の屍体から、牛馬が化生したとは、如何なる意味を有するかの点である。ここにはこの三つを押しくるめて概説する。

古代の民俗は、穀物を播種すると、繁茂し結実するのを、直ちに自分達の生死を類推して、これを穀物の生死と考えたのである。発芽とともに繁茂するのは生であって、結実とともに幹葉の枯れるのを死と信じたのである。