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こくしんとしてのうしにかんするみんぞく

穀神としての牛に関する民俗

中山 太郎

「神社協会雑誌 第三六巻一号」1937(昭和12)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,858 字 · 12 页

青空文庫

保食神の頂から牛馬が化生したと云うのは、神話であって史実ではない。しからば牛馬はいつ頃から我国に飼育されていたか、それと同時に何者がこれを使用し始めたか。魏志の倭人伝によれば、我国には牛馬は居らなかったと明記している。しかるに先年瀬戸内海の海底から化石した牛骨が現われたとか、尾張熱田の貝塚から一本の馬の歯が出たとかで、牛も馬も太古時代から我国に棲んでいたように云われたものであるが、これは一種の風説であって、牛馬とも古くは我国には居らぬのが事実である。

しかるにこれも風説を記したものであるが、大国主命の御子である和加布都努志命は、牛を使う技術が巧みであって、多数の国人にその法を教え、牛飼神と崇められ、今に出雲大社の傍に、その尊像が安置してあると云う(無用の書)。この記事を基調として考察を試みるのは、少しく心許なく思われぬでもないが、しかしながらこの記事には多くの史実が伴っていることが発見される。即ち大国主命の御子に和加布都努志命のおわしたことは、出雲国風土記にも明徴があり、さらに同書によれば命は『天地の初りの後、天の御領田の長を供奉りき』とあるので、農耕に親しまれた事も判然する。