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こくしんとしてのうしにかんするみんぞく
穀神としての牛に関する民俗
中山 太郎
「神社協会雑誌 第三六巻一号」1937(昭和12)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,858 字 · 12 页
しかし今の問題は牛の需要とか分布とか云う事ではなくして、祭儀に呪術に牛が如何に利用されたかという点にある。これについて斎藤彦麿は、左の如く述べている。
神祇正道に於ては、牛馬犬猿※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)は人に畜はれ、人の用をなす故に、継ぎて産死の穢あり(中略)。後漢書に、以レ牛祭レ神とあり、広洲記に殺レ牛取レ血、和レ泥塗二右手背一祀とあり、これら神も真の神にあらず、牛馬も穢とせざるなり。天竺にては、雨を祈るに以二牛糞一塗二場地一、以二牛乳酪一食二法師一とあり(中略)。いつの程にか異国の風義うつりつらん、皇極天皇紀に殺二牛馬一祭二諸社神一云々。桓武天皇紀に断三百性殺レ牛用祭二漢神一云々。自然と悪風儀うつるなり(傍廂後篇)。
牛が世界的に崇拝されていることが、ここにも証明されているが、我国で牛を殺して神を祭ることが異国の風の移入とのみいうのはどうかと思う。古語拾遺に『大地主神、田を営るの日、牛の宍を田人に食はせ』たことや、さらに、『宜しく牛の宍を以て、溝の口に置かせた』ことがあり、なお播磨国風土記の賀毛郡雲潤里の条に丹津日子神が『吾れ宍ノ血を以て佃る故に、河の水を欲せず』