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あな

穴

黒島 伝治

1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页

青空文庫

彼は、癇高い語をつゞけている通訳と老人の唇の動き方を見た。老人は苦るしげに、引きつっているような舌を動かしている。やがて通訳も外へ出てしまった。年取った鮮人と、私とが二人きりで、部屋の中に残された。二人はお互いに、相手の顔や身体を眺めあった。老人は、鮮人に共通した意気の揚らない顔と、表情とを持っていた。彼は鮮人と云えば、皆同じようなプロフィルと表情を持っているとしか見えない位い、滅多に接近したことがなかった。彼等の顔には等しく、忍従した上に忍従して屈辱を受けつゞけた人間の沈鬱さが表現されているばかりだ。老人には、泣き出しそうな、哀しげな表情があった。

彼は、朝鮮語は、「オブソ」という言葉だけしか知らなかった。それでは話が出来なかった。

「どこに住んでいるんだ。」

露西亜語できいてみた。

黄色い歯を見せて老人は何か云った。語調が哀れで悄然としていた。唇が動くにつれて、鰌髭が上ったり下ったりした。返事は露西亜語で云われたが、彼には意味がとれなかった。

「どうして、こんなところへやって来たんだ?」

彼は、また露西亜語できいた。老人は不可解げに頸をひねって、哀しげな、また疑うような眼で、いつまでもおずおず彼を見ていた。