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あな
穴
黒島 伝治
1928(昭和3)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页
誰れかゞ金を紛失した場合、殊更、帳尻を合わしていない者に嫌疑が掛って来た。帳尻の合っていない者が盗んだとは、断定することは出来ない。それは弱点ではあった。が、盗んだ者だという理由にはならなかった。けれども、実際には、帳尻を合わしていない、投げやりな、そういう者に限って人のいゝ男が、ひどい馬鹿を見るのだ。
憲兵が取調べる際にも、やはり、その弱点を掴むことに伍長と上等兵の眼は向けられた。彼等は、犯人らしい、多くの弱点を持っている者を挙げれば、それで役目がつとまるのだ。
事務室から出ることを許されて、兵舎へ行くと、同年兵達は、口々にぶつ/\こぼしていた。
「栗島。お前本当に偽札をこしらえたんか?」
松本がきいた。
「冗談を云っちゃ困るよ。」彼は笑った。
「憲兵がこしらえたらしいと云いよったぞ。」
「おどかすのは、えゝかげんにしてくれ。」
彼の寝台の上には、手帳や、本や、絵葉書など、私物箱から放り出したまゝ散らかっていた。小使が局へ持って行った貯金通帳は、一円という預入金額を記入せずに拡げられてあった。彼は、無断で私物箱を調べられるというような屈辱には馴れていた。