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たちがれ
立枯れ
豊島 与志雄
「改造」1933(昭和8)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,613 字 · 41 页
で、最初にポール叔父の話に手をつけていたが、学校の方は見当がつかず、飜訳の方は少しもはかどっていなかった。第一何事にも気乗りがしていなかった。始終先の方に空疎な期待だけがあってぼんやり時間を過すのだった。そのくせ、気持だけは忙しかった。彼は小泉の家を出て、初夏の陽光のなかに自分を見出した時、珍らしく散歩の心をそそられたが、それも束の間で、漠然とした期待と気忙しさとのために、まっすぐ自宅へ戻っていった。何か特別な用事が出来てるかも知れない、誰かが訪れて来るかも知れない、名台屋の友人に借金を申込んでおいたその返事が来てるかも知れない……が何よりも、キミ子から電話があるかも知れない……とそんなことが、しきりに彼をせきたてるのだった。ところが家に帰ってみると、いつもの通りで、事件も人も電話もなく、何でもない手紙が二通きてるきりだった。
「電話も、どこからもなかったんだね。」と彼はくり返して尋ねた。
それでも、昨日から家を空けていたというその時間的な距りが、多少新たな気分をそそって、彼は書斎に坐ってみたが、中途で放り出されてる飜訳の先を読ける気にもならなかった。