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りゅうたんだん
竜潭譚
泉 鏡花
「文芸倶楽部」1896(明治29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,899 字 · 30 页
大沼
怪しきものども、何とてやはわれをみいだし得む、愚なる、と冷かに笑いしに、思いがけず、誰ならむたまぎる声して、あわてふためき遁ぐるがありき。驚きてまたひそみぬ。
「ちさとや、ちさとや。」と坂下あたり、かなしげにわれを呼ぶは、姉上の声なりき。
大沼
「居ないッて私あどうしよう、爺や。」
「根ッから居さっしゃらぬことはござりますまいが、日は暮れまする。何せい、御心配なこんでござります。お前様遊びに出します時、帯の結めをとんとたたいてやらっしゃれば好いに。」
「ああ、いつもはそうして出してやるのだけれど、きょうはお前私にかくれてそッと出て行ったろうではないかねえ。」
「それはハヤ不念なこんだ。帯の結めさえ叩いときゃ、何がそれで姉様なり、母様なりの魂が入るもんだで魔めはどうすることもしえないでごす。」
「そうねえ。」とものかなしげに語らいつつ、社の前をよこぎりたまえり。
走りいでしが、あまりおそかりき。
いかなればわれ姉上をまで怪みたる。
悔ゆれど及ばず、かなたなる境内の鳥居のあたりまで追いかけたれど、早やその姿は見えざりき。
涙ぐみて彳む時、ふと見る銀杏の木のくらき夜の空に、大なる円き影して茂れる下に、女の後姿ありてわが眼を遮りたり。