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りゅうたんだん
竜潭譚
泉 鏡花
「文芸倶楽部」1896(明治29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,899 字 · 30 页
をさえのせたまいたれば、亡き母上のその時のさまに紛うべくも見えずなむ、コハこの君もみまかりしよとおもういまわしさに、はや取除けなむと、胸なるその守刀に手をかけて、つと引く、せっぱゆるみて、青き光眼を射たるほどこそあれ、いかなるはずみにか血汐さとほとばしりぬ。眼もくれたり。したしたとながれにじむをあなやと両の拳もてしかとおさえたれど、留まらで、とうとうと音するばかりぞ淋漓としてながれつたえる、血汐のくれない衣をそめつ。うつくしき人は寂として石像のごとく静なる鳩尾のしたよりしてやがて半身をひたし尽しぬ。おさえたるわが手には血の色つかぬに、燈にすかす指のなかの紅なるは、人の血の染みたる色にはあらず、訝しく撫で試むる掌のその血汐にはぬれもこそせね、こころづきて見定むれば、かいやりし夜のものあらわになりて、すずしの絹をすきて見ゆるその膚にまといたまいし紅の色なりける。いまはわれにもあらで声高に、母上、母上と呼びたれど、叫びたれど、ゆり動かし、おしうごかししたりしが、効なくてなむ、ひた泣きに泣く泣くいつのまにか寝たりと覚し。顔あたたかに胸をおさるる心地に眼覚めぬ。