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りゅうたんだん

竜潭譚

泉 鏡花

「文芸倶楽部」1896(明治29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,899 字 · 30 页

青空文庫

さという字も出来たり。くという字も書きたり。曲りたるもの、直なるもの、心の趣くままに落書したり。しかなせるあいだにも、頬のあたり先刻に毒虫の触れたらむと覚ゆるが、しきりにかゆければ、袖もてひまなく擦りぬ。擦りてはまたもの書きなどせる、なかにむつかしき字のひとつ形よく出来たるを、姉に見せばやと思うに、俄にその顔の見とうぞなりたる。

立あがりてゆくてを見れば、左右より小枝を組みてあわいも透かで躑躅咲きたり。日影ひとしお赤うなりまさりたるに、手を見たれば掌に照りそいぬ。

一文字にかけのぼりて、と見ればおなじ躑躅のだらだらおりなり。走りおりて走りのぼりつ。いつまでかかくてあらむ、こたびこそと思うに違いて、道はまた蜿れる坂なり。踏心地柔かく小石ひとつあらずなりぬ。

いまだ家には遠しとみゆるに、忍びがたくも姉の顔なつかしく、しばらくも得堪えずなりたり。

再びかけのぼり、またかけりおりたる時、われしらず泣きていつ。泣きながらひたばしりに走りたれど、なお家ある処に至らず、坂も躑躅も少しもさきに異らずして、日の傾くぞ心細き。肩、背のあたり寒うなりぬ。ゆう日あざやかにぱっと茜さして、眼もあやに躑躅の花、ただ紅の雪の降積めるかと疑わる。