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どうてい

童貞

夢野 久作

「新青年 第11巻第10号」1930(昭和5)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,572 字 · 27 页

青空文庫

「……ねえ……立ちん坊さん。すみませんけど、このお乳母車をズット向うの電車通りまで押して行って頂戴な。……それから右へ曲って、電車道をどこまでもどこまでも……水道橋のとこまで……ね……そのうちに私が追いつくから……ネ……」

昂作は掌に乗っかった五十銭玉を凝視ながら、繰り返し繰り返しその言葉の意味を考えようとした。しかし高い熱の中にポッカリと浮いたようになっている彼の脳髄には、こうした奇妙な言葉の意味が考えられようはずがなかった。そうして結局何が何やら解らなくなったまま、銀貨の反射で痛くなりかけた瞼をコスリまわしているうちに、いつの間にか、乳母車の把手に捉まってコロコロと押し始めていた。

それは見るからに軽い、華奢な形をしたゴム輪の車で、白いリンネルの布団の上には、着物か何かを包んだらしい青いメリンスの風呂敷包みが一ツ在るきりであった。病み疲れてヘトヘトになりかけている彼にとっては、その把手に縋って押して歩く方が、手ぶらで蹌踉めき歩くよりも遥かに楽な気持ちがした。時折りはその把手に倚りかかり過ぎて、引っくりかえりそうになりながらも、催眠術にかかった人のようにフラフラと電車通りへ出た。