轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
はんちゅうとしてのくうかんについて
範疇としての空間に就いて
戸坂 潤
――之は一つの習作である――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,453 字 · 89 页
主客の対立を先ず許しての上でなければ、主観が客観を構成するという転回的な言葉も実際上は虚しい合言葉に終る外はない。認識は主客の対立を予想する。故に逆に主客の対立を予想する一切の立場は、この意味に於て、「認識論的」な立場であると云うことが出来る。さて範疇は嘗てロゴスと共に始まった。アリストテレスの範疇表が文法に由来する――併し之はその偶然であることを証明するのではなく寧ろ却って今私が云うていることからその必然性が主張されることになる――と説いたトレンデレンブルクの研究がすでに之を具体的に示している(Geschichte der Kategorienlehre 参照)。併しながら注意しなければならないことは、ロゴスと共に始まったとしても範疇は、後に明らかとなる通り、必ずしもロゴスから生れたということになるのではない。それは事実から生れたかも知れないし、又事実とロゴスとの本来の同一がもし在るならば之から生れたかも知れない。処が元来、範疇は事実に就いて始めてその意味を有つことが出来るのであるから、今もし範疇がロゴスから生れたと仮定すれば、それは「認識論的」