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そこつひょうばんき
粗忽評判記
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1929(昭和14)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,942 字 · 28 页
七
「承知仕りました」
「……もう入るぞ」悪酔をしたのであろう、蒼い顔をして奥へ入ってしまった。
久之進は御前を退るとすぐ、着換えをして馬を命じた。松平志摩守へ使者にゆくためである。――主君明敬の気持は、久之進にも痛いほどじかに感じられた。あんなことのあった後でしかも嘲り笑っていた相手がこっちをだしぬいて出世をしたのだ。御役づきとなれば殿中での格も違うし、場合によればどんな意地の悪いことをされても黙っていなければならぬだろう、志摩侯を呼んで不平を語ろうとする、女々しいようではあるが、この場合お上としても他にお心遣りはないに違いない。久之進は胸を痛めつつ、別当を従えて飯倉を出たが、考えごとに気をとられていたためか、愛宕下へ行くべき道を桜川町へとり、そのまま斎藤出雲守の屋敷へ乗りつけてしまった。
七
「なに壱岐守から使者とな」信継は不審そうに訊き返した、「壱岐の間違いではないか、飯倉から使者を寄来すはずはないぞ」
「飯倉様のお使者に相違ございません、苅田久之進でございます」
「なにあの、……粗忽者か」信継はあっと云った。彼また粗忽をやったな、と気付いたのである。なにしろあれ以来明敬とは口も利かぬし、こんどこっちが御役についたからは、歯ぎしりをして口惜しがっているはずだ。