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ぜつえんたい

絶縁体

豊島 与志雄

「世界」1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,752 字 · 38 页

青空文庫

だから市木さんは、鉛筆でしか書かない。鉛筆で書くことによって最もよく、自然を自然自体として表現出来る。市木さんは自然を自分のものとしようとは思わず、ただ自然自体として楽しむのである。

市木さんのそういう見解は、私には納得がいかなかったし、一種の負け惜しみのようにも思えた。だが、私の注意を惹いたことが一つあった。市木さんは言った。

「わたしは自分自身をも、自然自体の一つとしたいのですが、なかなかその境地まではゆけませんな。」

ぶらぶら歩いて、市木さんの家の前まで来た。市木さんは私の方を顧みた。

「ちょっとお待ちなさい。今すぐ開けます。」

まるで、私が立ち寄ることにきまってるかのようだった。私は躊躇した。市木さんは鍵を取り出して、格子戸についてる錠前をあけた。

「さあおはいりなさい。」

何か用があるのかも知れないと思って、ついてゆくと、縁側に招ぜられた。そこに腰掛けて、茶と羊羹との馳走になった。宇治から贈ってきたというその玉露を、市木さんは自慢したが、私にはただ甘渋いだけで、味のよさは分らなかった。

別に用があるわけでもなさそうだったから、私はほどよく辞しかけた。