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ぜつえんたい

絶縁体

豊島 与志雄

「世界」1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,752 字 · 38 页

青空文庫

ただ霊前に線香は立てた。葬儀屋が持ってきた位牌に、自分で筆を執って、市木弘子霊位と書いた。それから花屋に出かけてゆき、色とりどりの美しい生花を一対買った。が他人からの供物は一切断って、押し返した。香奠の包みはとにかく、線香とか菓子とかいう物品は、本人に持ち帰って貰うわけにはゆかず、私が大骨を折って説得し、それだけは納めさせた。火葬場へは自分一人が行けば充分だと言い、漸く私だけ同行を許された。つまり、凡てが出来る限り簡単に明確に取り行われた。

それが済むと、深閑とした日々が市木さんに続いたようだった。そして十日ばかりたって、例の竹垣を跨いで私が行ってみると、市木さんは座敷の床の間を指し示した。そこの小机の上の、位牌と線香立とのわきに、香奠の包みが二つ置いてあった。故人の女学校の担任の先生からのものと、級友たちからのものだった。

「どうも、多勢には一人ではかないませんな。」

そう言って市木さんは眼玉をぐるりと動かした。先生や生徒たちと応対してる市木さんのことを想像すると、私はなんだか可笑しかった。市木さんは当初、死亡通知など一切出さないと言っていたが、其後思い直して、学校へは通知し、なお数名の親戚知友へ通知状を出したと、弁解するように打ち明けた。