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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

しかしその水車の道はそのへんの別荘の人たちが割合に往き来するので、彼女のまわりにはすぐ人だかりがして困るらしかったが、私は一遍もその絵を描いている場所へ近づこうとはしないでいた。そんな人目につき易い場所で私が彼女と親しそうにしているのを、私の顔見知りの人々に見られたくなかったからだ。で、私は自分の部屋に閉じこもったきりで、この頃やっと書き上げたばかりの原稿へ最後の手入れをし続けていた。(しかし、その間一番余計に私の考えていたのは、やっぱり彼女のことであった。)――が、私はその花屋を描いているところを遠くからなりと、一度見て置きたいと思って、或る朝、宿屋の裏の坂を上りながら水車の道まで出ていって見た。そうして私は、その道の向うの、大きな桜の木の下に立って、パレットを動かしている彼女と、それから彼女の横からその画布を覗き込みながら、一人のベレ帽をかぶった若い男が、何やら彼女に話しかけているのを認めた。私はそんな男が早く彼女のそばを立ち去ってくれればいいにと、すこしやきもきしながら、待っていた。――

「誰れ? いまの人……」やっとその男が立ち去ったのを見ると、私は急いで彼女の方へ近づいて行きながら、いかにも何気なさそうに訊いた。