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ぐんしゅう
群集
豊島 与志雄
「中央公論」1919(大正8)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,675 字 · 10 页
ただじっと眺めていた周囲の人々は、彼が跛ひきながら立ち去ってしまうと、急に頭を上げて、向うを見やった。其処には巡査や兵士等が居た。
「馬鹿野郎!」と誰かが怒鳴った。
「恥知らずめ!」とまた誰かが怒鳴った。
「やっつけろ!」と低くはあったが鋭い声がした。
その時群集のうちから「わーッ」と一斉に声が上った。小石が二つ三つ向うへ飛んだ。巡査と兵士とが七八人駆けつけて来た。また「わーッ」と群集のうちから声が上った。巡査と兵士とは六七歩前に立ち止った。群集は徐々に退きはじめた。私のすぐ前に、帽子も被らない角刈の職人体の若い男が二人居た。一人は紺絣の着物をき、一人は浴衣をきていた。紺絣の男が浴衣の男の耳に囁いた。私は彼等の後に押しつけられていたのでその声が聞き取れた、「おい手がついたぞ」浴衣の男は紺絣の方を見返した。二人は何やら眼で相図をした。すると彼等は急に人込みを押し分けて逃げ初めた。その時私は、一人の浴衣の背中に銅貨大の赤い印がついているのを認めた。二人が逃げ出すと、一人の書生体を装った男がその後を追い初めた。その三人のために、そして恐らくまた他の者のために、群集はかき乱され初めた。