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みみこうすい

耳香水

大倉 燁子

「踊る影絵」柳香書院、1935(昭和10)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,465 字 · 29 页

青空文庫

人殺しなんかあると他のお客さんが嫌がるでしょうからね。脳溢血なら、これや仕方がないわ。こちらはまあお仕合でしたね』

『始めっからそうと分ってれば何でもなかったんですけれど――。一時は吃驚して、大騒ぎしたんですよ。巡査さんが来るやら――』

脳溢血と確定して、皆引き揚げてしまった後だったんです。しかしせっかく来たのですから、せめてその殺人嫌疑のあった部屋だけでも見せてもらって帰りましょうと思って、案内を頼みますと妻君は快く承知して、先に立って階段を昇って行き、一番端れの十三号と札の出ている室の扉を開けて入りました。

殺風景な、実に粗末な室です。西陽を除けるための日除けも汚点だらけで、壁にも処々地図のような雨漏りの跡があります。壁に寄った隅の方のベッドには死人が後向きに寝かせてありました。顔には白布が掛けられ、体にも小ざっぱりした布団が着せてありました。

『引取人が来てくれるまでは心配です。何しろ、このお客さんはお昼飯頃に着いて、夕方にはもう冷たくなっていたんでね。宿帳をつけてもらう間もなかったんですの。身許がよく判明しないので困ってるんですよ』と妻君はこぼして居ました。