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せいにょにんぞう
聖女人像
豊島 与志雄
「群像」1947(昭和22)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,549 字 · 28 页
然し久子はそうはいかない。訪れてくると、無断で私のところへ飛びこんで来る。何か気に入らぬことがあれば「先生、また……、」と言う。――学校の教師でも豪い著述家でもない私は、その先生という言葉に擽られたものだが、いつしか馴れてしまった。
「先生、また、飲んでいらっしゃるのね。お身体にいけないわ。」
さすがに、瓶とグラスを取りあげようとはしないが、黒い瞳に刺を含んで、眉根に皺を寄せるのだ。それから、その刺と皺とが消えると、近眼鏡だけが目立つ顔付になって、早口で言う。
「婆やさんに聞いたんだけれど、卵と海苔と御飯一膳、それきりしか召し上らなかったんでしょう。もっと、いろいろなもの、沢山あがらなければいけませんわ。」
私の健康のことを心配してるのである。ほんとに病気だと思ってるのだ。バタだの鰻だの牛肉だの、そんなものを食べさせたいらしい。自分で買ってきてくれたこともある。それから飯をもっと多量に食い、ビタミンの注射もし、何よりも医者にかからねばならないのだ。――然し生憎なことに、バタを除いては、列挙されたものを私はあまり好まない。バタはまだ買い置きがある。卵と海苔しか食べなかったといっても、それは、婆やがそれしか出してくれなかったからだ。