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はだいろのつき
肌色の月
久生 十蘭
「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页
「私に出来ることがあったら」
「おねがいしたいことがあるんだけど」
長男が熱っぽくいった。
「ええ、なんでも」
「それで、あなた……」
「隆です」
「隆さん、あたしを一人にしておいていただきたいの……女が着換えをしているところなんか、見るほうが損をするわ」
それでも動かない。久美子は癇をたてて、ナイト・ガウンの上前をおさえながら隆のほうへ向きかえた。
「あたしの言ったこと、おわかりにならなかったかしら」
「よくわかっていますが、ちょっと……」
隆は広間に張りだした廊下のほうへ、ほのかな目づかいをしてから、上着のポケットからなにかだして、だまって夜卓の上に置いた。
久美子が湖水に身を沈める前に飲むことにしていた睡眠剤の小さなアンチモニーの容器だった。
「これが、どこに?」
「煖炉のそば……薪箱の中に」
ジャンパーの胸のかくしに入れておいた。椅子の背に掛けて乾かしているうちに、ころげだしたのらしい。
「ブロミディア……十錠が致死量とは、すごい催眠剤ですね」
死んだように動かない嫌味な眼を除けば、どこといって一点、特色のない平凡なサラリーマンのタイプだ。たいして頭のいいほうでもないらしいが、この青年は、久美子がなにをしようとしているか、もう察しているらしい。