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はだいろのつき

肌色の月

久生 十蘭

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页

青空文庫

「夜は、仕事がないのですから、お気づかいなく」

風が出て空が晴れ、雲の裂目から茜色の夕陽が湖水の南の山々にさしかけた。

樹牆のように密々と立ちならぶ湖畔の雑木林の梢の上に、ロッジの屋根の一部と赤煉瓦の煙突が、一種、寂然たるようすであらわれだしている。植物のつづきのようで、家があるようには見えず、なにか異様な感じだった。

「石倉さん、あのロッジはどうした家なのかしら。あんなところにポツンと一軒だけ建てたというのは……別荘というにしては、すこし淋しすぎるようね」

「あれはリットンというイギリス人の持家で、冬になると、そこらじゅうの西洋人が駕籠に乗ってやってきて、広間で夜明しのバクチを打っていたそうで……そういう因縁のある家なんです。大池さんがお買いになったのは、戦後のことですが、妙な噂があって思いが悪いので、私なども、極力、反対したのですが、大池さんも、とうとう、こんなことになってしまって……」

そういうと、湖心の最深部の輪廓をしめす、赤旗の標識を指さした。

「あの旗の立っているところが湖水のいちばん深いところです……明日、ご子息さまが潜水具をつけて潜られるそうですが、湖盆の深所の中ほどのところに、大きな吸込孔があるので、とても、いけまいと思います」