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はだいろのつき

肌色の月

久生 十蘭

「婦人公論」中央公論社、1957(昭和32)年4~8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,706 字 · 101 页

青空文庫

「こんなお粗末なのでよかったら、つきあっていただきましょう。掛けなさいよ」

宇野久美子はどうなったというような騒ぎになると、この連中は、五月二十日の夜の九時五十分の大阪行の準急に久美子が乗っていたと証言してくれるだろう。これで用は足りた。

「ありがとう。ここもいっぱいね。またあとで話しにくるわ」

さっきの座席に戻ると、話しかけられるのを防ぐために、久美子は顔にストールをかけて寝たふりをしていた。

午前三時ごろ、浜松に停車した。久美子は網棚からスーツ・ケースをおろすと、浜松で降りる乗客にまじっていったホームへ降り、それからすぐ前の車輌に移って、つづきの二等車のトイレットに入った。

ドレスを脱いでお着換えをする。よれよれの紺のスラックスに肱のぬけたナイロンのジャンパー、ベレエに運動靴……何年か前に友達の絵描きが置いて行った絵具箱に三脚を結びつけたのを肩にかけると、脱いだものを入れたスーツ・ケースをさげてトイレットから出た。宇野久美子が身につけていたものは、汽車の中に置いて行くつもりなので、二等車を通りぬけながら網棚のあいたところへ放りあげ、前部のつづきの車に移った。