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まいひめ

舞姫

森 鴎外

「國民之友第六拾九號」民友社、1890(明治23)年1月3日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,190 字 · 33 页

青空文庫

余は幼きころより厳しき庭の訓えを受けし甲斐に、父をば早く喪いつれど、学問の荒み衰うることなく、旧藩の学館にありし日も、東京に出でて予備黌に通いしときも、大学法学部に入りし後も、太田豊太郎という名はいつも一級の首にしるされたりしに、一人子の我を力になして世を渡る母の心は慰みけらし。十九の歳には学士の称を受けて、大学の立ちてよりそのころまでにまたなき名誉なりと人にも言われ、某省に出仕して、故郷なる母を都に呼び迎え、楽しき年を送ること三とせばかり、官長の覚え殊なりしかば、洋行して一課の事務を取り調べよとの命を受け、わが名を成さんも、わが家を興さんも、今ぞとおもう心の勇み立ちて、五十を踰えし母に別るるをもさまで悲しとは思わず、はるばると家を離れてベルリンの都に来ぬ。

余は模糊たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて、たちまちこの欧羅巴の新大都の中央に立てり。なんらの光彩ぞ、わが目を射んとするは。なんらの色沢ぞ、わが心を迷わさんとするは。菩提樹下と訳するときは、幽静なる境なるべく思わるれど、この大道髪のごときウンテル・デン・リンデンに来て両辺なる石だたみの人道を行く隊々の士女を見よ。