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えんしょ

艶書

山本 周五郎

「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页

青空文庫

彼の口から(ときをおいて)瀕死の人のようなあらい息のもれるのが、出三郎に聞こえた。

「刀を捨てろ、さもないと――」

半兵衛がもういちど叫んだ。とたんに、相手は足を踏みはずし、「わっ」というような声をあげながら庭へ転落した。

「逃がすな出さん」

もちろん、出三郎は走せつけた。相手はどこかをくじいたとみえ、躯をねじりながら、刀を投げだしてうめいた。

「斬れ」とその男はわめいた、「斬ってくれ」

出三郎は刀をつきつけたまま半兵衛を見た。半兵衛は広縁からのぞいて見ながら「縛ろう」と云った。

「ほかの四人が助からない場合に生き証人として必要だ、そいつの襷で縛ってくれ」半兵衛は懐紙を出してたんねんに刀をふき、鞘を拾っておさめながら云った、「おれは役所と医者へ人をやるようにいって来る。縛るのは簡単でいいぜ」

そして彼は渡り廊下の向こうへ去った。

――これだけの騒ぎに誰も気がつかないのか。

出三郎は不審に思ったが、そのときはじめて、母屋のほうの二階で三味線や太鼓のにぎやかな囃しが聞こえた。いつそんな鳴物が始まったかまったく気がつかなかった、こちらは離れているし、時間もごく短いあいだの出来事だから、あのにぎやかな囃しでは気がつかないのも当然であろう。