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えんしょ
艶書
山本 周五郎
「小説倶楽部」桃園書房、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,027 字 · 50 页
九
おれが城代に直ってからだがね、そのときは頼むよ」
出三郎にはちょっとその意味がわからなかった。
「忘れちゃあ困るな、郡奉行だよ」半兵衛はこう云って、それから少し声をひそめた、「もしあの艶書のぬしが待っているんならそう云うんだね、もう部屋住みではなくなる、まもなく結婚することができるってさ」
そして半兵衛はくすくす笑った。
――つまらないことをいつまでも覚えている人だ。
出三郎はこう思いながら家へ帰った。
だがそれは「つまらないこと」ではなかった。家へ帰った彼が自分の住居のほうへゆこうとすると、母が呼びとめて一通の手紙を渡した。つい今しがたまで七重が来ていて、帰りしなにその手紙を母に託したのだという。
「いまどうしているんですか」出三郎は手紙を漫然と眺めながらきいた。
「御病気がすっかりなおって、医者はもう大丈夫だと云ったそうで、はじめて今日外へ出てみたのですってよ」
「病気がって」出三郎は不審そうに母を見た、「あの人は病気してたんですか」
九
「あら、あなた御存じなかったの」
「知りませんとも」
「笠井家を離縁されて戻ってから、ずっと寝ついていらしったんですよ」