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えいほんどじょうりくせんのぜんや

英本土上陸戦の前夜

海野 十三

「新青年」1941(昭和16)年 2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,727 字 · 72 页

青空文庫

三日間の休養が、彼を非常に元気づけた。彼は、アンに捨てられたことを自覚し、そしてアンのことを思い切ろうと決心した。そんなことが、一層彼の頭の中から、苦悩を取り去ったものらしい。

四日目、五日目は、ドイツ機の空襲が、ようやく気に懸るようになった。彼はようやく常人化したのであった。

六日目は、朝から市中へ出て、爆撃の惨禍などを見物して廻った。爆撃されているところは、煉瓦などが、ボールほどの大きさに砕かれ、天井裏を露出し、火焔に焦げ、地獄のような形相を呈していたが、その他の町では、土嚢の山と防空壕の建札と高射砲陣地がものものしいだけで、あとは閉った店がすこし目立つぐらいで、街はやっぱり華美であった。

防毒面こそ、肩から斜めに下げているが、行きずりの女事務員たちは、あいかわらず溌剌として元気な声をたてて笑っていたし、牝牛のように肥えたマダムは御主人にたくさんの買物を持たせて、のっしのっしと歩いていた。彼らは、ロンドンの空一杯に打ちあげられた阻塞気球を、ひどく信頼しているのか、それとも、自分だけには、ドイツ軍の爆弾が命中しないと信じているか、どっちかであるように見えた。