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ちゃのゆのてちょう
茶の湯の手帳
伊藤 左千夫
「馬醉木」1906(明治39)年1月、3月、10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,031 字 · 16 页
今日の上流社会の邸宅を見よ、何処にも茶室の一つ位は拵らえてある、茶の湯は今日に行われて居ると人は云うであろう、それが大きな間違である、それが茶の湯というものが、世に閑却される所以であろう、いくら茶室があろうが、茶器があろうが、抹茶を立てようが、そんなことで茶趣味の一分たりとも解るものでない、精神的に茶の湯の趣味というものを解していない族に、茶の端くれなりと出来るものじゃない、客観的にも主観的にも、一に曰く清潔二に曰く整理三に曰く調和四に曰く趣味此四つを経とし食事を緯とせる詩的動作、即茶の湯である、一家の斉整家庭の調和など殆ど眼中になく、さアと云えば待合曰く何館何ホテル曰く妾宅別荘、さもなければ徒に名利の念に耽って居る輩金さえあれば誰にも出来る下劣な娯楽、これを事とする連中に茶の湯の一分たりと解るべき筈がない、茶の湯などの面白味が少しでも解る位ならば、そんな下等な馬鹿らしい遊びが出来るものでない、
故福沢翁は金銭本能主義の人であったそうだが、福翁百話の中には、人間は何か一つ位道楽がなくてはいけない、碁でも将棋でもよい、なんにも芸も道楽もない