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かつしかみやげ
荷風随筆集(上)
永井 荷風
永井荷風『荷風随筆集(上)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:葛飾土産、鐘の声、銀座、里の今昔、寺じまの記、伝通院、夏の町、日和下駄、深川の散歩、放水路、水のながれ、向嶋、向島、元八まん、霊廟。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,224 字 · 269 页
先生は震災の後まで向嶋の旧居を守っておられた。今日その人はなお矍鑠としておられるが、その人の日夜見て娯みとなした風景は既に亡びて存在していない。先生の名著『言長語』の二巻は明治三十二、三年の頃に公刊せられた。同書に載せられた春の墨堤という一篇を見るに、
「一、塵いまだたたず、土なほ湿りたる暁方、花の下行く風の襟元に冷やかなる頃のそぞろあるき。
一、夜ややふけて、よその笑ひ声も絶る頃、月はまだ出でぬに歩む路明らかならず、白髭あたり森影黒く交番所の燈のちらつくも静なるおもむきを添ふる折ふし五位鷺などの鳴きたる。
一、何心もなくあるきゐたる夜、あたりの物淋しきにふと初蛙の声聞きつけたる。
一、雨に名所の春も悲しき闇の中を街燈遠く吾妻橋まで花がくれに連なれるが見えたる。
一、日ごろは打絶えたる人の花に催されてなど打興じながら柴の戸を排き入り来りたる。
一、裏道づたひいづくへともなく行くに、いけがきのさま、折戸のかかりもいやしげならず、また物々しくもあらぬ一構の奥に物の音のしたる。
右いづれかをかしからざるべき。」
明治三十一、二年の頃隅田堤の桜樹は枕橋より遠く梅若塚のあたりまで間隙なく列植されていたので、花時の盛観は江戸時代よりも遥に優っていたと言わなければならない。