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きくちよしょう

菊千代抄

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页

青空文庫

「お可哀そうに、菊さま……お可哀そうに」

そうして眼からぽろぽろ涙をこぼした。

菊千代は身の縮まるほど不快で、いやらしくて、早くそこを逃げだすことばかり考えていた。母の顔などは見ようともせず、隅のほうで老女たちの啜りあげる声さえ、そらぞらしいと思ったくらいであった。

母の葬儀が終り、必要な忌日が済むまで、菊千代は約三月あまり上屋敷にいた。

このあいだに妹たちとかなり親しくなったが、なついてくる鶴子よりも、佳玖子という三つの妹が好きで、その子とだけいちばんよく遊んだ。鶴子、貞子、淑子までが滋松院の子で、佳玖子はその後まもなく死んだ月照院という側室の子であった。もちろん生母の違うことで愛情の差をつけたわけではない、佳玖子はまるまるとよく肥えて、いつも眼を糸のようにしてにこにこ笑い、おぼつかない片言で絶えず面白いことをいう、それがひじょうに可愛かった。いつか御殿の広縁で昏れがたの月を観ていた。七日か八日くらいの欠けた月であったが、ふとまじめな顔をし、菊千代のほうを見あげて云った。

「喰べかけでおやめにするの、いけないのね、たあたまおこごりになるのね」

おこごりはお怒りのことである。