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きくちよしょう

菊千代抄

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页

青空文庫

「――申上げることはできません」

菊千代は冷淡に答えた。

「――もしそれで済まないのでしたら、菊千代の命をお召し下さい」

貞良は白い歯をみせた。叫ぼうとしたらしい。だが急に表情を変え、むしろ好奇的な眼で、まるで初めて見るかのようにじっと、かなりながくこちらの顔に見いった。

「――では半三郎を手にかけて、少しも悔いることはないのだな」

「半三郎がそれを知っていたと思います」

「――自分でしなければならなかったのか」

「わたくしが致さなければなりませんでした、わたくしと彼と、二人だけの事でございますから」

貞良は貞良として、なにごとか納得したようである。こんどの事は然るべく始末をする、今後は固く慎むようにといって、そのまま座を立とうとした。菊千代は言葉を改めて、――弟が生れたのだから、自分は世子の位地をぬけたものと思っていいかときいた。

「三月には将軍家の日光御参拝がある、それが済めば正式に届け出る筈だ」

「ではそれが済めば、菊千代のからだは好きに致してよいのでございますか」

「――好きにするとは」

「菊千代は、生涯、男のままで生きたいと思います、いつぞやお約束の分封のことも、頂けるものと思っていてようございましょうか」