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きくちよしょう
菊千代抄
山本 周五郎
「週刊朝日春季増刊」朝日新聞社、1950(昭和25)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,178 字 · 72 页
見ることができたかどうかは記憶にないが、おかわでするときにまねをして、まわりをひどく汚し松尾にたしなめられたことがあった。
「若さまは御身分が違うのですから、決してそのような品のないことをあそばしてはなりません」
かれらと身分が違うということは、日常すべての事が示していた。それで松尾の言葉も、いくらか不審ではあったがすなおに信じた。
七歳から日課が定まり、学問と武術の手ほどきが始まった。父の意見では学問を主とするようにとのことだったが、菊千代は木剣の型や柔術のほうを好んだ。その相手もたいてい半三郎を選び、とくに柔術のときは彼のほかには相手にしなかった。
十歳くらいになってからだろう、巻野主税が泳ぎにゆこうと菊千代を誘った。そのときは小名木沢の下屋敷で、監督もわりあいゆるやかだった。
「お昼寝のときぬけだすんですよ」
主税はそういってすすめた。彼は巻野の別家に当る遠江守康時の五男で中屋敷が同じ浜町にあり、下屋敷もつい四、五町はなれた処にあった。それで彼だけは通勤でお相手に来るのだが、休息の日には家でとびまわるとみえ、いつもなにかしら珍しい遊びを覚えて来ては教えた。