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おちむしゃにっき
落武者日記
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 页
三の二
……佐和山が落ちて、石田一族が炎上する城に殉じたことも、その人々の声高な話のなかから聞いた。
大津に着いたのは深夜を過ぎていた。
三の二
その翌日、ようやく日の昇った頃、本陣の幕営へ曳き出された彼は、一瞬おやっと思った。……幕営のようすがあまりに物々しい。
――誰の陣だろう。
そう思っていると、やがて、三ツ葵の紋を打った幕張りの内へ入った。三ツ葵は徳川の紋である。それでは秀忠の陣かと思った。しかし、ほどなく正面へ現われた人物は、髪毛の半ば白くなった、赭顔の肥えた老人であった。……同時に、左右に扈従して来た部将の中に、見覚えのある本多忠勝の顔をみいだして、祐八郎はさすがに驚いた。
――家康だ、家康だ。
それはまさに徳川家康だった。
旗本の部将たちに護られて、設けの床几へ静かに腰を下ろした家康は、瞼のたるんだ細い眼で、しばらく祐八郎の顔を見戍っていたが、……やがて低い柔かな声で呼びかけた。
「そのほうは治部少輔の家来だそうじゃな」
「……いかにも」
祐八郎は昂然と顔をあげた。
「ならば、治部少輔のいどころを知っておるであろうが、どうじゃ」
「……いかにも」
御主君はまだ御無事だった! 祐八郎はとびあがって歓呼したい大きな欲望を感じた。