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おちむしゃにっき

落武者日記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 页

青空文庫

「試していただきましょう」

祐八郎は正面あげて家康を睨めつけながら云った。

「いまより四日まえ、関ヶ原の合戦に、わたくしは金吾中納言どのの裏切りを見ました、秀秋どのの裏切りの軍勢が、味方の側面へなだれ込むのを、……この眼ではっきりと見ました」

「…………」

「弓矢とる身にとって、見るべからざるものを見たのです。わたくしの五体は、そのとき八千にひき裂けました」

祐八郎の全身が痙攣るように震えた。彼は咽も割れるかと思える声で叫んだ。

「そのときわたくしの五体は、呪いと忿怒のために八千にひき裂けたのです、この体のどこにも、もう痛むところは残っておりません。お責めなさるがよい、徳川どの、わたくしは治部の殿の御在所を知っておりまするぞ」

彼の叫びは高く、幕張の内に昂然と響きわたった。

家康の表情は少しも動かなかった。いやむしろ、そのたるんだ瞼の下にある細い眼が、いつか力を無くして閉じられさえした。

――金吾中納言の裏切り。

その一言が、家康の太い胆玉に、わずかながら鋭い痛みを感じさせたのである。……老人は間もなく眼をあげた。

「あっぱれ申しおるのう」

家康は低く呟くように云った。